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profile


わかまつごう

ARIGATO MUSIC所属

鹿児島県薩摩川内市出身。
1984年6月8日生まれ。双子座 A 型
猫背・高所恐怖症・焼酎
深夜ラジオ好き
つむじが2個
鹿児島在住ミュージシャン
手描きTシャツ屋 necoze works 主宰

 


超長い略歴

 

幼少の頃から高所恐怖症で、3歳にもなって20センチくらいの段差から降りれず泣いていた。
とにもかくにも、少年時代から表現活動が好きだった。
小学校二年生から自作漫画を描き始める(チラシの裏に描いていた)
小学校五年生時、ダウンタウンのごっつええ感じで見たコントを次の日クラスメイトに披露するのが楽しみに。
小学六年生で初の脚本『未来版桃太郎』を執筆。(文化祭でクラスの発表用)

中学二年生の終わり、フォークギターを購入。初めて弾いた曲はゆずの『いつか』
昼休み、男の子たちがサッカーやケイドロなどに夢中な中、教室でコントを披露したり、ギターを弾いてたりしていた。
オリジナル曲も早速作り、自作テープをこっそり売っていた(もろ、ゆずみたいな曲だったが)
中学生三年生時、文化祭のため脚本『和田チョウの一生』も執筆。

この頃、遊んでいたのが現在一緒にラジオをしている友人・西園まさと君をはじめとする古垣団なる仲良しグループ。漫画制作・誰が聞くでもないラジオ放送・コント作り・曲作り・RPG作り、ととにかく創作ばかりしている謎の中学生集団である。

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左がごうりん、中央がまさと

 

高校生になるとすべての活動がこっそり行われるようになったが(いわゆる若松表現自粛時期)、
実家自室での毎晩のワンマンライブ、オリジナル曲の製作、漫画の執筆などは行われていた。
表向きの顔は、ソフトテニス部のそこそこ明るいやつ、であった。
二年生の頃、一度だけ文化祭にギターで出演。(カウンターパンチ、という名前の二人組。パンクな曲をアコギで弾くもとい、弾かされてる地獄のようなライブ、一曲だけ剛が歌った曲はイエモンのJAM)

奇跡的な勉強の伸び率で(いわゆる志賀効果)鹿児島大学に入学。
漠然とバンドがしてみたい、でもフォークっぽいものも好きだ、ということで、フォークソング同好会、に入部。
実際にはフォークソングやってる人は全然いないサークルで、そこでもバンドをメキメキやっていく。
同級生三人で『黒伊佐錦』を結成。ハイスタなどのコピーとかもやっていたが、オリジナル曲しかやらなくなる(英詩が全く覚えられないのと歌えない為)。
大学生イベントで鹿児島キャパルボホールのステージに立つ。ライブハウススタッフに認められ本格的にライブハウスでの活動が始まる。

焼酎の名前のバンド名にしたことで、大人の事情でテレビやラジオに出れない、という案件が勃発(そうでなければ椿屋四重奏と共演出来ていた)ある夜、ごうさん考えた。よし、改名だ。『ココロイロトリドリ』だ。

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よって黒伊佐錦からココロイロトリドリに改名。鹿児島音楽界でそこそこ名を馳せ、九州ツアーなども行う。(この頃のライブではMC少なめであった)
2008年キャパルボにてワンマンライブを成功させる。それ以降活動のあり方、メンバー間の音楽との関わり方の相違から活動休止。

2009年 サークルの先輩 渡口史郎からの誘いで、同サークルの後輩・松浦、ライブハウスでの打ち上げでよく話してた玉江、との四人でボヤケルズ結成。格好いいオルタナティヴロックが流行っていた鹿児島音楽界に風穴をあけるべく(?)俺たちはもう超笑顔でライブしよう、とのスローガンのもと活動開始。なお、べろんべろんでライブすることもしばしば。松浦仕事多忙の為・代打で松浦のバンド仲間・立元芳明登場!とてもいいギターを弾くので一回目のスタジオにて松浦降板決定。以降立元がメンバーになり、活動は本格化。全国ツアー、ワンマンに加え、”もっとライブハウスに来る人たち以外にもアピールを!”と、テレビ・ラジオ・雑誌・お祭り・学園祭、誘われればなんでも出る。

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オフィシャルではソロ活動は2014年頃からと書いてあるが正式には2009年頃からしょっちゅう若松剛名義での弾き語りライブを行っている。

2013年ボヤケルズ上京。1st Album『上京48日目』発売!アメリカ仕込みのドラム娘・松下千穂里 加入!(いわゆる、オチホリ様降臨)

しかしメンバーは東京での生活に全く馴染めず『帰りたい帰りたい』が口癖だった。その怨念?が叶ってというかなんというか、地元や九州でのライブによく誘ってもらいしょっちゅうライブしに帰っていた。その為、地元の友人達のみならずお客さん達まで『ボヤケルズ本当は上京してないんじゃないか説』まで出た。

2014年 2nd Album『ビヨンド』1st Single『ふるさと』発売

ふるさと、という楽曲はKTSの番組『ゆうテレ』内でのわかまつごうの鹿児島の歌を作ろう、というコーナーで作られた楽曲。ほぼアポなしで待ち人に突入したりするロケに超苦戦。人見知りが悪い場面で出たのである。

母校 鹿児島大学での学祭に呼んでもらいステージで演奏した際には各軽音サークルの全てが、教室でのライブを中断し、学食前ステージに集まる、という異例の光景を作り上げた。

2015年3月 Ba 渡口 脱退

リーダー兼ブレーン役が居なくなりボヤケルズは、田舎ののんびり屋集団と化す。笑

次第にペースを緩めゆるゆると活動しようというモードになっていく。

2015年『六畳一間の楽園』配信リリース
2015年 8月 同事務所の 中村千尋(熊本八代市出身)とユニット『ひごさつま』結成。9月、水面下で作っていた曲『手紙を書く癖』をリリース。九州山口地区のFM局が集まり一丸となってひとアーティストを応援する企画『FMQリーグパワープレイ』に選ばれる。ちなみに配信用ジャケットは スマイリー原島さん。一緒に熊本で飲んでる時に撮影した写真。

10月 わかまつこうとして初のソロアルバム『GO!』発売!

2016年初頭からギター1本体一つ。ソロアルバムGO!を555枚売るまで帰れない旅『555ツアー』敢行!日程108日、90公演と日本約2周決め込み達成した。

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ボロボロになりながらも確実に成長していくごうちゃん。

またツアー中、4月から 中学高校時代の同級生 西園まさと君とのラジオ配信『ミッドナイトゲットアウト』をスタート。週一ペースで放送し現在放送100回を越えて尚継続中。

わかまつ曰く、心のオアシス。全く同じ笑いのツボで話せるまさと君はサラリーマンにしておくには勿体無い。世に出したい、とのこと。ミッドナイトゲットアウトのHP

 

2016年6月 ひごさつま アルバム『ひごさつま恋愛論』リリース。九州を中心にいろんなメディアやライブお祭りに参加。熊本地震があったのもあり、九州の人間なんだ自分達は。という気持ちが強くなる。

2016年10月1日 東京代々木ザーザズー/10月30日鹿児島キャパルボホールでのライブをもって、ボヤケルズ解散。三人が前へ向いて活動する為、待ってくれるファン達への誠実な答えを出すべく、三人はそれぞれの道を選び、歩き出した。

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願わくば、元ボヤケルズ なんて言葉が霞むくらいの活躍を。それぞれが成しながら、たまにお酒飲んだりセッションできれば、と思う(わかまつ談)

2016年末、鹿児島移住。鹿児島在住ミュージシャンとしての活動を始める。

2017年1月27日ソロ2作目実家にてセルフ録音による傑作

『すきにくるいすきにまようまた』発売。

その後、物販として売り出した手描きTシャツが売れに売れ

現在Tシャツデザイン業もちょくちょくこなす。2017年2度地元MBCラジオでマンスリーDJをこなしたり、なぜか落語家『酩酊亭剛遊三』として落語の舞台にも2度上がったり、周りの人達から『こいつは何者なんだ』と奇妙がられつつ歌っているのであった。

 

2018年9月19日ソロ3作目となる『すべてのとおりすぎてゆくものたち 』リリース予定。